身体内の組織細胞が生体の生理的支配と無関係に、自律性をもって発育するものを腫瘍というが、特に周囲の組織を破壊して発育し、発生原因を除去しても増殖を続け、血行やリンパを介して他の臓器に転移し、生命の危険を招くものを悪性腫瘍(癌:がん)という。
1.がんにかかるということ
1)誰でもなる可能性がある
現在日本人は、一生のうちに、2 人に1人は何らかのがんにかかるといわれています。がんは、全ての人にとって身近な病気です。
がんになる確率 | がんで死亡する確率 | |
男性 | 生涯では54% | 生涯では26% |
女性 | 生涯では41% | 生涯では16% |
2005年データに基づく累積罹患リスクおよび2009年データに基づく累積死亡リスク(国立がん研究センターがん対策情報センター)
2)予防できるけれど完全には防げない
がんは、禁煙や食生活の見直し、運動不足の解消などによって、「なりにくくする(予防する)」ことができる病気です。
しかし、それらを心掛けていても、がんに「ならないようにする」ことはできません。
3)がんができる仕組み
人間の体は、多くの細胞からできています。体には、傷ついた遺伝子を修復したり、異常な細胞の増殖を抑えたり、取り除く仕組みがあります。しかし、異常な細胞が監視の目をすり抜け、無制限にふえて別の部位に転移するなどして、体を弱らせてしまうことがあります。それが、がんという病気です。
4)うつる病気ではない
がんは、遺伝子が傷つくことによって起こる病気です。がんという病気自体が人から人に感染することはありません。
一部のがんでは、ウイルス感染が背景にある場合がありますが、がんになるまでには、それ以外にもさまざまな要因が、長い年月にわたって関係しています。
2.がんの検査と治療
1)検査と診断にかかる時間は、必要な時間
多くの場合、治療を開始するまでには時間がかかります。がんを正確に診断するためには、詳しい診察と検査が必要だからです。
がんの治療では、「治療の効果を最大に得ること」と同時に、「体への負担を最小限にすること」が重要です。多くの検査とそれにかかる時間は、適切な治療を行うために必要なものです。
2)がんの治療は3種類+緩和ケア
がんの治療方法は、手術と抗がん剤治療と放射線治療の3つがあります。がんの種類にもよりますが、いくつかを組み合わせて行うのが基本です。
また、がんそのものに対する治療に加えて、がんに伴う体と心のつらさを和らげる緩和ケアを同時に行います。
(1)手術
がんを外科的に切除します。切除する範囲を小さくしたり、手術方法を工夫したりすることによって、体への負担を少なく、治療後の合併症を最小限にするように手術の方針が決められます。
患者さんの状態や手術の方法により、入院期間は大きく異なりますが、最近は入院期間が短くなる傾向にあります。術後の回復が順調であれば、退院して外来通院で経過をみることも一般的になってきています。必ずしも「退院=完治」ではないことを心にとどめておいてください。
(2)薬物療法(抗がん剤治療)
化学療法、ホルモン療法(内分泌療法)、分子標的治療、分化誘導療法などが含まれます。薬物を使ってがん細胞の増殖を抑える治療です。
通常、抗がん剤はのみ薬や点滴・注射によって投与します。腕などの細い血管に針を刺すことも ありますが、首の太い血管(中心静脈)にカテーテルと呼ばれる細い管を通して薬を入れたり、ポートという装置を皮膚の下に埋め込んで、必要なときに薬を入れることもあります。また、がんがある臓器に直接薬を投与することもあります。
いずれの場合も、薬を投与する日としない日を組み合わせて治療を行い、効果と副作用の様子をみながら継続します。入院で治療を行うこともありますが、最近は外来で治療を行うことも多くなってきています。外来で治療を行う場合は、薬の投与方法によって間隔は異なりますが、定期的な通院が必要です。
(3)放射線治療
放射線を照射することによって、がん細胞の増殖を抑えます。放射線治療の利点は、手術で体に 傷を付けることなく、がんを小さくする効果を期待できることですが、がんの種類によって放射線治療の効きやすさや治りやすさは大きく異なります。
多くの場合、1週間に5日の治療を数週間にわたって行います。通院で放射線治療を行う場合には、平日は毎日通院することになります。
3)「標準治療」は最善の治療
がんの治療は、技術の進歩や医学研究の成果とともに変化します。現時点で得られている科学的な根拠に基づいた最もよい治療のことを「標準治療」といいます。標準治療は、手術、抗がん剤治療、放射線治療をそれぞれ単独で、あるいはいくつかを組み合わせた方法で行われます。ほとんどの種類のがんにおいて、手術、抗がん剤治療、放射線治療以外の方法(免疫療法や温熱療法、代替療法(健康食品やサプリメント)など)は、科学的に有効性が確認されていません。多くの場合は「標準治療」を受けることが、最もよい選択です。
4)先進医療と臨床試験
医療においては、「最先端の治療」が最も優れているとは限りません。先進医療と呼ばれているものは、前の項目で説明した「標準治療」ではありません。特殊な技術や設備を使用するため、実施できる施設が限られています。最先端の治療は、開発中の試験的な治療として、その効果や副作用などを調べる「臨床試験」で評価される必要があります。
臨床試験は、新しい治療法の安全性・有効性を調べるための試験です。その結果、これまでの標準治療より優れていることが確認されれば、その治療が新たな「標準治療」となります。
標準治療が確立していないときなどは、臨床試験への参加を検討することもあります。新しい治療法の効果が高いこともありますが、よいと思われていた新しい治療法が、実際にはそれほど効き目が高くなかったり、副作用などが強いことがわかったりすることもあります。
細胞ががん化する仕組み
1.がん細胞と正常細胞の違い
人間の体は細胞からできています。がんは、普通の細胞から発生した異常な細胞のかたまりです。
正常な細胞は、体や周囲の状態に応じて、殖えたり、殖えることをやめたりします。例えば皮膚の細胞は、けがをすれば増殖して傷口を塞(ふさ)ぎますが、傷が治れば増殖を停止します。一方、がん細胞は、体からの命令を無視して殖え続けます。勝手に殖えるので、周囲の大切な組織が壊れたり、本来がんのかたまりがあるはずがない組織で増殖したりします。
がん細胞を実験動物に注射すると勝手に増殖を開始し、大きなかたまりをつくります。正常な細胞ではこのようなことはありません。
2.多段階発がん
がん細胞は、正常な細胞の遺伝子に2個から10個程度の傷がつくことにより、発生します。これらの遺伝子の傷は一度に誘発されるわけではなく、長い間に徐々に誘発されるということもわかっています。正常からがんに向かってだんだんと進むことから、「多段階発がん」といわれています。
傷がつく遺伝子の種類として、細胞を増殖させるアクセルの役割をする遺伝子が必要ではないときにも踏まれたままになるような場合(がん遺伝子の活性化)と、細胞増殖を停止させるブレーキとなる遺伝子がかからなくなる場合(がん抑制遺伝子の不活化)があることもわかっています。
傷の種類として、DNAの暗号に異常が生じる突然変異と、暗号自体は変わらなくても使われ方が変わってしまう、エピジェネティック変異とがあることがわかってきています。
正常な細胞に決まった異常が起こると、その細胞は増殖します。そこに第二の異常が起こると、さらに早く増殖するようになります。この異常の積み重ねにより、がん細胞が完成すると考えられます。
3.がん遺伝子
ある遺伝子に傷がついたときに、細胞増殖のアクセルが踏まれたままの状態になる場合があることが知られています。このような遺伝子は、がん遺伝子と呼ばれています。多くの場合、がん遺伝子によってつくられる蛋白質(たんぱくしつ)は、正常細胞も増殖をコントロールしていますが、その働きが異常に強くなることにより、細胞増殖のアクセルが踏まれたままの状態になります。
例えば、「myc」と呼ばれるがん遺伝子の場合、1個の細胞あたりの遺伝子の数が殖えることにより、「myc遺伝子」によりつくられる蛋白質が増えすぎて、際限ない細胞増殖を引き起こすことがわかっています。また、「ras」と呼ばれる一群のがん遺伝子は、特定の場所に傷がつくと働きが過剰な状態になり、やはり際限ない細胞増殖を引き起こすと考えられています。
このようにがん遺伝子の変化は、特定の蛋白質の働きを異常に強めることにより、がんにつながる増殖異常を引き起こします。したがって、その蛋白質の作用をうまく抑えるような薬を見つければ、細胞ががん化することを防いだり、すでにできているがんの増殖を抑えたりすることができます。
4.がん抑制遺伝子
がん遺伝子が車のアクセルとすると、そのブレーキにあたる遺伝子が、がん抑制遺伝子です。がん抑制遺伝子は細胞の増殖を抑制したり、細胞のDNAに生じた傷を修復したり、細胞にアポトーシス(細胞死)を誘導したりする働きをします。DNAの傷が蓄積するとがん化に結びつくので、修復が必要です。異常細胞が無限に増殖すると大変ですので、異常を感知して、その細胞に細胞死を誘導することも必要です。このように、がん抑制遺伝子はブレーキの働きをしていると考えられます。
これまでの研究から、いくつかのがん抑制遺伝子が発見されましたが、代表的なものは「p53遺伝子」、「RB遺伝子」、「MLH1遺伝子」等が知られています。それぞれ細胞死の誘導、細胞増殖の抑制、DNAの修復に重要な働きを持つことがわかっています。
5.遺伝子突然変異
遺伝子の傷はDNAの傷を意味します。ヒトの細胞の中にはDNAが存在し、そこにわれわれの遺伝子が暗号として記録されています。遺伝子突然変異とは、この遺伝子の暗号に間違いが生じることを意味しています。タバコ、食物の焦げ、紫外線等、さまざまな外的要因(発がん要因)が遺伝子突然変異を引き起こすことがわかっています。
もう少し詳しく説明すると、DNAはG、A、T、Cの4種類の文字の組み合わせでできています。さまざまな発がん要因により、これらの文字に間違いが生じると突然変異が起こります。がん遺伝子やがん抑制遺伝子を記録したDNAに間違いが生じた場合、がん遺伝子の活性化やがん抑制遺伝子の不活性化が起こります。
通常DNAの暗号はG、A、T、Cの中の3文字の組み合わせで決まります。
例えば、ある正常蛋白の正常な遺伝子は -GAT-CTA–GCC–GCC–AGA–TCC–CCG–Aであるとするとします。この遺伝子に突然変異が起き、左から1番目のCがなくなると-GAT-TAG‐CCG–CCA–GAT–CCC–CGAとなり、1文字ずつずれが生じ、全く意味不明な暗号が伝達されることになります。
6.遺伝子のエピジェネティックな変異
遺伝子の傷は、その突然変異によるものばかりであると思われてきました。しかし、遺伝子突然変異以外にも、細胞が分裂しても薄まることなく、新しくできた細胞に伝達される異常があることがわかってきました。それがエピジェネティックな変異で、具体的には、「DNAメチル化」と「ヒストン修飾」の変化です。特に、DNAメチル化の変化はヒトがんの多くで認められ、多段階発がんのステップとして関与している場合もあることが知られています。
遺伝子の暗号のもとであるG、A、T、Cの4つの文字は、細胞が分裂するときには、そのとおりに新しい細胞に受け継がれます。
7.遺伝子異常の診断、治療への応用
遺伝子の異常は、正常細胞をがん細胞へと変化させる大変都合の悪い現象ですが、別の見方をすれば、正常細胞とがん細胞を見分けるための決定的な証拠にもなります。したがって、遺伝子異常を応用して、がんの診断や治療ができないかという研究が進んでいます。
例えば大腸がんの早期発見のために、便中に存在する微量のがん細胞の異常DNAや、血中を流れている微量のがん細胞の異常DNAを検出する試みです。がん細胞である決定的証拠の遺伝子突然変異やエピジェネティックな変異を検出することで、がん細胞を見つけようとするものです。
また、がん細胞に生じた遺伝子異常によってでき上がる、異常蛋白質を標的とした治療法の開発も進んでいます。この異常蛋白質を、極めて特異的に認識したり抑制したりすることで、正常細胞に影響を及ぼさず、がん細胞だけを特異的に攻撃できる薬の開発が可能になると考えられています。事実、グリベックという白血病の治療薬は、白血病細胞に生じた異常蛋白質を特異的に抑制することで、白血病という血液のがんを治療することができた最初の例です。